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節分  鬼が来る場所

2026-02-03
【前日 午後3時】
節分を翌日に控えた午後。
フロアーでは、職員が利用者が作ってくれた豆を小袋に分けていた。
袋が重なる音だけが、静かに響く。

倉庫では、鬼役の職員が面を取り出していた。
紐の緩みを確かめ、軽く結び直す。
特に言葉はない。
ただ、毎年の作業を淡々とこなしているように見えた。

廊下を歩く利用者が、職員に声をかける。
「明日は鬼が来るんだろう」
その声には、期待とも、習慣ともつかない響きがあった。

夕方。
施設の空気が、わずかに落ち着かない。
行事の前にだけ生まれる、独特の気配が漂っていた。
【当日 午前9時】
節分の朝。
準備が静かに進む。
テーブルが動き、豆が配られ、飾りが整えられていく。

控室では、鬼役の職員が面を手にしていた。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
面をつける瞬間、表情がわずかに引き締まった。
【午前11時】
入浴を終えた利用者が集まり始める。
椅子に腰を下ろしたひとりが、窓の外を見ながらぽつりとつぶやいた。

「今年も、鬼が来るってよ」

その声に、周囲の空気がわずかに動いた。
返事をする人はいなかったが、
どこかで小さな笑いが漏れたようにも聞こえた。

豆を手にした別の利用者は、
指先で袋を軽く叩きながら、静かに目を細めていた。
言葉にはしないものの、
その表情には、行事を待つ気配がうっすらと浮かんでいた。

特別な盛り上がりがあるわけではない。
それでも、
毎年繰り返されてきたこの行事を、
今年もまた迎えられることを、
どこかで楽しみにしているように見えた。
【午後2時】
鬼が姿を現す。
赤い面、金棒。
利用者の視線が一斉に向けられる。

「来たぞ」
「やっつけろ」
豆が飛び、笑い声が広がる。

鬼役の職員は、面の奥で動きを調整していた。
驚かせすぎないように、しかし手を抜かないように。
その距離感を探るように、ゆっくりと歩いていた。
【午後3時】
豆まきが終わり、鬼は控室へ戻る。
面を外すと、汗が光っていた。
特別な感想は語られない。
ただ、静かに面を袋へ戻す。

短いインタビューを行った。

「毎年、同じ役を続けています」
「利用者さんが覚えていてくれるのが、ありがたいです」
「また来年も、できれば」

言葉は少ない。
それでも、続けてきた時間の重さが、淡々と滲んでいた。
【翌日 午前10時】
節分の翌日。
デイサービスには、いつもの日常が戻っていた。

利用者のひとりが、職員に声をかける。
「昨日の鬼、よかったね」
その一言だけが、行事の余韻を静かに残していた。

倉庫の棚には、赤い鬼の面が置かれている。
昨日の賑わいが嘘のように、静かに佇んでいた。

廊下の奥から、誰かが小さく鼻歌を歌っていた。
子どもの頃のように無邪気ではいられなくなったこと。
それでも立ち止まらずに、日々の中で少しずつ変わっていくこと。
そんな“大人になっていくこと”を歌った、あの曲を思わせるメロディだった。

行事がひとつ終わるたびに、
ここにも静かに時間が流れていることを思い出させてくれる。

節分は終わり、日常が続いていく。

【最後に】
今年も、皆さんと一緒に節分を迎えられたことに感謝します。

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